人生で至福を経験した初めての富士登山

富士登山

私にとって登山はそれまて中学·高校の遠足や、高校のときに友人と1回、社会人になって30代のときに会社の人と1回行っただけだったのですが、それほどは良かったということも無く自分の趣味にすることもありませんでした。

趣味と言えば車で遠くへ行き、温泉に入ることでしたが何年もすると色々なところへ行き尽くしてしまったこともあり、段々つまらなくなってきて茨城県のひたち海浜公園や、埼玉県の鴻巣市のポピーなどの広大なお花畑に行くようになってから良く歩くようになりました。

段々長い距離を歩きながらお花畑の景色を見るのご楽しいと思えるようになり、これなら以前やった登山も面白く感じるかもしれないと、試しに東京都の端にある陣馬山から高尾山まで歩くのが人気があるとのことで行ってみました。

広大なお花畑を歩くときは殆ど平地だったのですが、山に登るのは本当に久々だったこともありかなり大変でした。

でも頑張った甲斐があり陣馬山の山頂に着いたときは嬉しかったです。

でも足の筋肉が疲労してしまい、足が攣ってその場でへたり込んでしまい立ち上がれなくなってしまいました。

これは救助でも呼ばなければならないかと思いましたが、30分も休んでいたら回復してきたので予定通りそこから高尾山まで歩けたときは大きな仕事を成し遂げたような達成感がありました。

それは普段の生活ではなかなか味わえないような感覚でした。

それ以来すっかり登山にハマってしまい、その年の内に筑波山、日光男体山、奥多摩の雲取山、丹沢の塔ノ岳、丹沢山、蛭ヶ岳を経験した後富士山に行きました。

まだ薄暗い3時30分頃から登り始め、5時過ぎ頃七合目で日の出を見て、6時30分頃八合目までは順調に行けたのですが、そこから上に行ったら高山病になってしまい、呼吸が上手くできなくなってきて苦しくて身体を動かすのが辛く登れなくなってしまいました。

頭にも十分に酸素が行き渡らないのか立ちくらみしそうな感じでしたが、九合目まですでにきており、もう山頂も間近に見えている状況でした。

ここで断念しなければならないのかと暫く残念に思いながら佇んでいました。

後から登ってくる人は皆さん元気そうで高山病のは無縁のようにどんどん登って行きますが、私は動くことができず後から後から来ては先に行ってしまう後ろ姿を悔しい思いで見ていることしかできませんでした。

しかし、ふとトレッキングポールを持ってきていたのを思い出しました。

高山病で頭がフラフラしていましたがトレッキングポールを組み立て立ち上がってみると、安定して身体を動かすことができ登れそうに思えてきました。

かなりゆっくりでしたが何とか登山を再開することができ、やがて山頂が近づいてきました。

そして8時30分頃生まれて初めて富士山頂に立つことができました。

一度は諦めかけた山頂にまさか立つことができるなんて、このときほど嬉しくて感激したことはありませんでした。

そこには山頂まで登ってみないと見れない火口が広がっていました。

このときの光景は一生忘れることはないでしょう。